FISSAZIONI DEL TRAP 2002年のトラップ


イタリア敗退についての考察の続き。未読の方はこっち を先にお読みください。
2年前の日韓ワールドカップ、代表監督として初めてのビッグイベントに臨むトラパットーニは、突然大きな迷いと不安に襲われたように見えました。その最大の象徴が、予選を通して基本としてきた3-4-1-2システム(前線はヴィエーリ、デル・ピエーロの2トップ+トッティ)を、大会直前の合宿で突然変更し、中盤左サイドにドーニを入れたより守備的な4-4-1-1に切り替えたこと(前線はヴィエーリ+トッティ)。本人の説明によれば、その理由は「初戦で当たるエクアドルの右SBデ・ラ・クルスのオーバーラップに対応するため」でした。トラップとしては、攻撃力はヴィエーリ、トッティのふたりだけで十分であり後は守りを固めれば万全、というつもりだったのでしょう。しかし、世論は強力なアタッカー陣を生かす攻撃的な戦いを求めており、またチームも従来のシステムと戦術に満足していたため、この過剰に手堅い戦術変更は、マスコミの非難を浴びてチームの周囲に大きな緊張をもたらすと同時に、チーム内にも少なくない軋轢を生み出しました。最も割を喰ったデル・ピエーロは、そこで騒ぎ立てるようなエゴイスティックな人物ではないので、黙って監督の決断を受け入れましたが、この後大会期間中を通してずっと、戦術や選手起用、果ては合宿内での規律(一部の選手の特別扱い)までをめぐって、チームの内部では様々な波風が立ち続けていたようです。もちろん、ピッチ上での苦戦の原因はもちろんそれだけではありません(トッティ、マルディーニなど主力のコンディション不良、トラップの采配ミスなど)。しかし、イタリアがワールドカップをああいう形でしくじった背景に、トラップの迷いと不安から直前にシステムと戦術(とメンバー)をいじった結果、チームの結束にひびが入りそれがネガティブな影響をもたらしたという、チームマネジメントの失敗があったことは間違いありません。それは、帰国後、多くのアズーリたちが公の場で監督批判をしたり、その後のインタビューでチーム内の軋轢について語っていた(「みんな自分のことしか考えなくなった」「チーム内の信頼関係が失われた」など)ことからもうかがうことができます。
下のエントリーで今回のトラップの選択は、この失敗体験の「逆張り」だと書きました。実際、「攻撃的な」4-2-3-1システムの採用とヴィエーリ、トッティ、デル・ピエーロの同時起用、システムの固定とレギュラーの保証、起用を巡って論争の種になりそうな若手(ジラルディーノ)の排除、合宿内での規律の明確化と徹底といった大会へのアプローチは、どれも2年前の失敗を繰り返さないことを強く意識したもののように見えます。具体的に言うと、決められることはできるだけ早く決めて迷いを排除する、チームの中心となるべき選手に無条件の信頼を与えて力を出し切れる環境を提供する、チーム内の序列とルールを明確に定める、といった考え方がそれ。
じゃあその結果、今回のイタリアはどうなったのか、どうしてコケたのかという話なんですが、生憎、じゃないや喜ばしいことに、似たようなテーマで仕事の依頼が入ったので、そちらでじっくり掘り下げることにしました。中途半端で申し訳ありませんが、近いうちにどこかに書くと思いますので、乞うご期待。

Posted: 土 - 6月 26, 2004 at 02:29 午前        


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